大阪プチ旅行記~大阪城を初めて訪れてみた!~

 

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い致します。

 

ブログを10月に初めて以来、年内に50記事を書くことを目標としていましたが、

この記事でようやく50記事目となります!長かった~。

でもブログ書くのも楽しくなってきました!

 

 

 

さて、私は学生時代に関西に住んでおり、

この年末は大阪で学生時代の友人たちに会ってきました。

その折りの隙間時間に、実はいままで訪れたことがなかった大阪城に行ってまいりました。

予想以上に規模が大きく、つかっち感動致しました!

 

 

昨年は真田丸が放送されており、大阪城がpick upされていました。

ここに豊臣秀吉とか秀頼とか淀殿とか真田幸村とかその他大勢の人たちがいたのだなあ、

と思うと余計にジーンとくるのでありました。

 

 

大阪城は高台になっているので、そこから大阪の風景を見渡してみたり。

大阪の陣のときはあの辺りで戦いがあったのだろうな、

大軍に囲まれているのがよく見えて不安だっただろうな、

大砲がバンバン飛んできて怖かっただろうな、etc…

色々なことを想像してしまいましたね。

 

 

大阪城には入り口が何か所かありますが、

今回は、大阪城公園から入城しました。

歩いたのは下の図の赤点線で囲んだエリアになります。

 

 

 

青屋門から入ったということになります。

駅から城の手前まで歩いて約30分かかっていますから、中々の広さです。

面積は、南北約1000m、東西約1000mですから、

ざっと1,000,000平米くらいあります。

東京ドームが約47,000平米ですから、東京ドーム約22個分というと分かり易いでしょうか。

大阪城の堀の外では、犬の散歩をされている方から、

マラソンをされている方まで様々でした。まさに市民の憩いの場ですね。

 

 

堀の外から大阪城を望む。

 

 

大阪城というと思い浮かべるのは豊臣秀吉ですが、

豊臣時代の大阪城は全て徳川幕府によって埋め立てられており、

現在その遺構は現大阪城の地下に埋まっていると言われています。

 

よって現在、私たちが見ている大阪城の遺構は全て徳川時代のものになります。

これはこれで非常に立派なものですが、豊臣時代のものも見てみたいですよね・・!

 

江戸時代の中でも、大阪城は何回か落雷や火災の憂き目に遭い、

天守閣も喪失してしまったそうです。

その後は天守を持たない威厳の無い城に。

 

そして幕末時代に徳川慶喜が大阪城に入ったことは有名ですが、

慶喜が大阪から江戸へ逃げ帰る最中に大阪城から出火し、

多くの構造物が焼け落ちてしまったそうです。

 

 

大阪城天守付近から、梅林を望む。

 

 

明治時代になって大阪城は陸軍の用地となり、

大阪鎮台の司令部が置かれたそうです。

そして昭和の1930年頃になって、江戸時代に焼失した天守閣が再建されました。

これは約250年ぶりのことです。

 

その後は太平洋戦争末期の大阪大空襲によって、

大阪城は再び大きな損害を被ってしまいます。

まさに大阪城は受難の城・・。本当に可哀想になります。

しかし、天守閣は幸運にも被害を免れたのです!

 

そして1995年~1997年にかけて天守閣の改築・耐震化が実施されました。

私たちが今見ている大阪城は、平成の改修後のピカピカの姿です。

 

 

大阪城天守。人と比較すると、いかに大きな構造物か・・・

 

 

今回は時間がなく、大阪城の天守内部に入ることはできなかったのですが、

次回訪れた際にはじっくりと天守の中を見て回り、

大阪城の敷地も大手門側から入って全て細かく見てみたいと思っています。

 

皆さまも大阪を訪れた際には是非大阪城に立ち寄り、

その歴史を感じてみてください

本当におススメですよ!

 

 

今回は以上になります。それではまた!

 

 

 

 

 

【おまけ】

 

 

 

大阪城公園駅に展示されている、大阪城のジオラマ。

 

 

 

 

 

大阪城公園駅にある、真田幸村のポスター。  

 

 

 

 

 

 

記事が気に入ったらシェア!

コメントを残す